スタッフ紹介

武山まゆみ
二児の母&店長

伊豆・日本の陶芸作家

名前■武山檀 (たけやま まゆみ)
生年月日■1976年(昭和51年)11月11日 さそり座 血液型 O型
趣味■旅行 植物採取 映画鑑賞 料理
好物■チョコレート 梅干

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・・・profile
産まれた時より父・美術陶芸作家 兼 空間デザイナー・塚本誠二郎の美意識が反映された手作りの環境で、「父の美意識の影響」を色濃く浴び育つ。

東北芸術工科大学プロダクトデザイン科を卒業後、父塚本に黒化の技法の師事を断わられるも友人としてつき合いのあった白磁作家黒田泰蔵に、2005年に弟子入りし、アシスタントを務め始める、しかし、そこに集う人間模様を見て、「これは私の望んでいる世界ではない」と師の元を去る。

 

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その後、日に100人以上が訪れ月に2~5回は窯を焚く夫の事業、観光陶芸工房を手伝い、驚異的な仕事量をこなし技術を研ぎ澄ます日々を過ごしつつ。2010年より、白磁器、灰磁器、黒磁器のグラデーションを利用したインスタレーションを始めようと花器と並行して器も作り始め2012年3月に発表。

2018年より、静岡県 伊東市 伊豆高原の緑豊かな工房でコーヒー&お茶時間を過ごす為の道具達を作り始める。

 

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2018年より器制作工房naturallystudioをスタート

・・・message

緑豊かな工房でコーヒー&お茶時間を過ごす為の道具達を作ってます。陶芸でも芸術でも自己表現でも無く、実用そのままの「道具として洗練された器の形」を紡ぎだしたいです。触らずとも見ただけで使いやすそう、軽そうなどの感受性or見識を持つ作り手や使い手や伝え手達とつながれたら嬉しいです。

草薙クラフトフェア 2018 に出展


【日時】2018年10月6日(土)10:00-17:00 10月7日(日) 10:00-17:00
【場所】静岡県草薙総合運動場 (静岡県静岡市駿河区栗原19−1)
https://ftn-craft.wixsite.com/kusanagi-craft


松本クラフトフェア 2018 に出展
【日時】2018年5月26日(土)11:00-17:00 5月27日(日) 9:00-17:00
【場所】あがたの森公園 (長野県松本市県(あがた)3-2102-4)
http://matsumoto-crafts.com/craftsfair/



武山よしてつ
営業・厨房・DIY・送迎を担当

2011年制作 カブトムシやレーシングカー、銃やナイフをモチーフとした ELWALDPANZER'LED-SURVIVAL 材料:レジン ラッカー塗料
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名前■武山芳徹 (たけやま よしてつ)生年月日■1972年(昭和47年)6月17日 ふたご座 血液型 A型  趣味■ 読書 映画鑑賞 楽器演奏 ビデオゲーム  好物■レバサシ ケンタッキーフライドチキン 焼肉座右の銘■偶然と書いて必然と読む・能ある鷹は爪を研ぐ・鳴かぬなら自分が鳴こうホトトギス ホーホケキョ (すべて自作)

海と山と温泉の三珠に恵まれた伊豆高原でスローライフならぬハイスパートライフをおくってます。陶芸の体験教室「ほけきょ庵」&ビーズ&クリスタルガラス・サンキャッチャー体験教室 「ぷちそれいゆ」ペット連れ専門施設「伊豆高原わんこの森」の運営。フィギア原型・完成品・焼き物製作。動画&web製作業務の「伊豆高原スタヂオ」運営と、人・物・情報を「作り育てる」仕事に携わりつつ社会に参加できればなと考えてます。

若い頃は音楽業界に属してました。その頃の教訓として今も大切にしてることがあります。売れ出すと態度が豹変したり、付き合う友人をメリットデメリットで選び出す人を沢山見てきました。親や知り合いに、有名人や「一目置かれる人」がいて、それらのコネクションや経済力を背景に這い上がる人たちを沢山見てきました。今私が身をおいてる「経営」の世界でも同様、むしろそれが当たり前の世界ですね。そういう生き方を否定する気は無いけど、「売れなくなった後の無残な姿」や「力を持ちすぎてコネクションから村八分」された上に「古い友人達からも拒否される」人たちも沢山見てきました。ですので、私自身はそういう生き方からは距離を置いて生きてます。私は「私を見て欲しいし、貴方を見ようと」します。「誰が言ったか」ではなく、「何を言うか」を問題にしたいと思いますし。「何を言ってるか、言ったか」以上に、「何をしているか」の「行動と言動の一致」を大切にしてます。誇張しなくて大丈夫、等身大でお付き合いしましょう。

2010年制作 伊豆の景観 巨大風車を風刺した作品 
ブリアレオ"フシャエル=コンスエグラ 材料:石膏粘土&針金
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私達は物を作り育てることを生業にしています。自身の中に渦巻く情や念をアウトプットし形にする作業ですので、枯れない様に絶えず何らかの情報をインプットし続けなければ良いものは作れません。それは、「絵画」「彫刻」「映画」「音楽」「人」「温泉」「景色」「料理」と形態は問いません。絶えず感性を研ぎ澄まし、創作のモチーフとなる物事。魂を目覚めさせる様な鮮やかな物事に飢えたコンディションを維持しています。幸い私も妻も、そういった機会と理解に恵まれた家庭にあった為。生活する上で絶えずそういったことに目を凝らし耳を澄ます事が身にこびり付いてます。

旅や特別な経験や体験などせずとも、道端に咲いてる花に感動し、空行く雲に学ぶ。日常の中の些細な事から、それらを拾い出し創作のモチーフに昇華する感性を絶えず磨いてます。それは、身にこびり付いた叩いても落ちない垢のような物なのです。

※60キロ運転のろくろ

しかしながら自身や自身の中にあるものを表現するために必要な技術や方法論は、何年やったから身につくと言うことではありません。絶え間なくひたすら地道に磨き続け、実践を続ける中にあります。「どれだけ呼吸をしたからあとどれだけ生きてゆける」と言うことではなく。呼吸を止めた途端にすぐに息苦しくなりそのまま呼吸を続けなければほどなく死んでしまうのです。磨き吸収すれば終わりと言う事では無く「磨き、吸収」し「続ける」ことの中にこそ、本質が隠れています。

そして惰性で物事を続ける中にも表現者としての「本質」は存在しません。この落とし穴にはまると安寧とした「停滞」が残るのみで表現者としては死を迎えてしまいます。その事に気が付かずルーチンワーク的な活動に埋没したり、お金やステイタスのためにと、戦略的に死を受け入れる作家も少なくはありません。

自身に出来る事、知っている情報の確認。既に得ている物事を無事にこなすのは3割。あとの7割は未知なる技術や理屈へのチャレンジ。

この状態が「既に得ている物事を無事にこなす」のにも「未知なる技術や理屈」の獲得にも理想的な境地なのだと身に染みたのが33歳の時です。親より楽器を弾くことを教えられてから28年が経っていました。

 

小学1年生(1979年頃)母のピアノ教室の発表会にて

例えば 音楽史上至高の超絶技巧バイオリン奏者パガニーニのフレーズが弾ける為には、様々な物事を犠牲にしてでも得ようとする執念と相応の修練が必要となります。しかし習得したとて1ヶ月トレーニングを怠ると弾けなくなりますし、弾き過ぎれば腕を壊します。

極めた表現者と言えどこの状況に陥る可能性はありますから。自己管理を徹底し、今の自分を打破し続けないと表現者としての停滞を迎えてしまいます。ですから表現者としての頂に立つ人達は、日々のトレーニングを欠かしません。

でもここで勘違いしていけないのは、努力して手に入れた理屈や技術をいきり立って無駄使いしないと言う事。車の運転などでもそうですが何時でもどこでもアクセル全開という訳では無くてTPOに合わせた使い分けが肝要だと言うことですね。こここそ表現と技術の「一番のキモ」だと思います。必要な時に必要な分だけの技術・表現力を使いこなすのです。

※180キロ運転のかっ飛ばした練習(TVを見「ながら」妻と会話し「ながら」子供をあやし「ながら」複雑なフレーズを練習する「ながら練習」をすることで通常時に余裕を持って弾けるようになる。


車をたとえに出しますと、200キロ出せる車と80キロが限界の車とでは使い勝手がまったく違うという事です。

80キロが限界の車で高速道路を走ると危険です。煽られっ放しでハラハラしますよね。一般道路を走る時はなんとか問題にはなりませんが高速道路は走れません。

表現のシロウトさんがステージに立ったりパフォーマンスすると見てるこっちがハラハラしたり、必死さにシラケるはこのためです。ですので生暖かい気持ちで見守ることになります。

加えていえば、素人に毛の生えた程度の技能をもってして素人さん相手に見せ付けような真似をしてると、大衆迎合的な尊敬を得れる代わりに、「それを見透かす人たち」からは苦笑される代償を支払う事になります。当の本人は、裸の王様であり気がついていない場合もありますがそれはある意味幸せない事です。しかしそこまで愚かな人はやはり少なくて大抵の場合は、乏しい技能を頼りに「七光り・人間力・コネクション」で綱渡りしていては、どんなに社会的な成功を収めてもジレンマに陥り、よりお金やステイタスに走っても「自らの声」に苦しみ続けるほか無くなります。

2007年制作 恐竜 ティラノサウルス 陶芸用粘土

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そして技術に傾倒し過ぎて

200キロ出せる車で一般道路をアクセル全開でかっとぶのも危険です。一般道路を走る時にはそれに適したスピードで走らねばなりません。

玄人が技術や理屈、表現の革新にこだわりすぎシロウトさんには意味不明で分かりにくい物を「表現だ」と押し付ける。シロウトさんに対してかっ飛ばしすぎると、やはりシラケを生み、滑稽に見えるのはこのためです。

プロモーションに対して投機的意義を見出すならまだしも、ギャラリストの戦略的プロモーションに乗せられ、過剰に反応し、50~100年経たねば正当な評価は不可能と言われる「価値」に、「普遍性」を見出したつもりになって評価する表現者や伝えてや受け手などは、笑止千万です。プロを自認するだけに余計に恥ずかしく見えてしまいます。

「まあ、そう急くなよ。物事の評価と言うのは、歴史的にみても歴史が下すよ」なのです。(個人的趣向として価値を見出すのには大賛成です)

楽器がギャンギャン弾けるからといって楽曲を壊してしまうほど弾いてしまうのは愚かですし、ましてや「技術力」や「プロモーション力」を競うような真似に陥るのは、「過ぎたるは及ばざるが如し」の言葉の通りでしょう。

※150キロ運転のろくろ

 

しかしだからと言って技術と理屈がいらないと言うわけではありません。

スピードが出せれば高速道路も快適に走れ、いざと言う時の緊急回避の為にスピードアップして回避する手法も取れます。

やはり、スピードを出せると運転の「余裕が違う」のです。技術と表現力を身につけるのはこの「余裕」の幅を増す為であり。アクセルやハンドルに余裕、そして何よりも「自分」に遊び心があるほうが運転はしやすく、快適で楽しいのです。

優良ドライバーの心構え=表現者の心得とも言えるでしょうか。

私と妻が技術と方法論を身につけ表現力を磨き続けるのは自身の作家活動にとってもそうですが、皆さんに物作りの指導を行う時の「余裕」を増し、安心して楽しく快適に物作りの体験をしていただくためなのです。

 

 「絶えず技能を磨きつつ自身の信じた物事を粛々と作り続けれる環境に身を置く事が幸せ・それ以上は副産物」40年作り手を続けて出した私の答えです。

2006年~2013年制作 陶芸体験教室ほけきょ庵 ウッドデッキ
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結局作り手を続けてきて気が付いたことは、「それ」は人生の目的などではなく、人生を楽しく過ごすための手段だと言うことです。

それは物作りで妥協すると言うことではなく絶えず「本物」に接し自身も「本物」であり続けることを課しつつ、世の中を見渡しバランスを模索し続ける事が前提条件です。

折れた風に見えてもまがい物には興味ありません。頑固です。だからこそ必要の無いところでは折れまくります。クロウトが唸るような技術と理屈を用い物作りに励み、シロウトでも一目でわかる簡単で楽しい物を作る。そして、「作ることや習得することは楽しい」という事を皆さんに伝えるのが私の務めです。ほけきょ庵で本物の技術と表現に触れ、作ることの楽しさを体験してみてください。

※30キロ運転の演奏



村上獎&鈴木敬子
三丁目工房

ほけきょ庵初期の頃(2007年~2009年)にお手伝いしてくれた。三丁目工房の村上奨&鈴木敬子です。

 

■村上獎 最初期の作品群

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■鈴木敬子 最初期の作品群

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■皆でやってた展示スペース「もこりり」

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