伊豆の踊り子焼き

2013年2月19日 13:39

・中伊豆浄蓮の滝の伊豆の踊り子像
伊豆の踊り子イメージ

ほけきょ庵のてびねり陶芸の焼きあがり。
伊豆の踊り子焼きについての思いを綴ってみたいと思います。

ちょうど私の生まれた昭和47年にノーベル文学賞受賞作品「伊豆の踊り子」の作者である
川端康成は没してますので、作品に出てくるような「にっぽん」
の風景や、当時のにっぽん人の情緒は、頭では理解できても心の底からは知り得ません。
東京のベッドタウン、どこにでもあるような団地。電信柱で埋め尽くされた街で育った私には、
「伊豆の踊り子」の作品性を紐解き共感を持って読み進めることがどうにも出来ないのです。
30歳過ぎて物事の分別も大概理解した大人となってから読んだのにも関わらずです。

この感じ方は、サリンジャーの「ライ麦畑でつかまえて」を読んだ時の感覚にも似てます。
当時16歳のわたし、ロックバンドで爆音でエレキギターを鳴らす事に感けてた私には
「え?これの何が面白いの?」「退屈やな~」だったのです。

仕方がありません。本当にそう感じてしまうのですから。

およそ文学などと言うものを理解する感受性を、
このわたしは持ちあわせていないのではと
認めたくない事実を突きつけられた気分なのです。

ではなぜ「え?これの何が面白いの?」と、感じてしまうかを
自分なりに分析してみることにします。

おそらくこんな感じかと思うことを述べてゆくと。
産まれたときには家に「テレビ」があり、小学校に入るころには「テレビゲーム」で遊び
小学校高学年では、家にある「ビデオ」で映画を見てました。
偉人伝や科学の本も好きで読んだしサッカーも野球もドッヂボールも楽しんだ子供でしたが、
アニメや漫画が大好きで、ゲームセンターで遊ぶことも好きな子供でした。

私が生まれてから流行った物を順にあげると「スーパーカー」「ルービックキューブ」
「ガンダム」「ファミコン」「ジャキー・チェン」「おにゃんこ倶楽部」「バンドブーム」「スノボー」といった感じとなります。

今思い返してみても、どれもマスメディアの煽りを受け国民全員が同じ方向を向くような流行り方でした。
うがった物の見方を知らない素朴な国民性ゆえか、メディアの影響力に右往左往する私たち。

母に昔の話を聞いてみても「だっこちゃん人形」「ミニスカート」「フラフープ」「ボーリング」と
戦後の日本の風潮として「国民全員が同じ方向を向く」ほどの流行の形が主流だったというのは
誰もが異論の無い事実だと思います。

90年代も後半に入りようやく娯楽やファッションも多様化し、
個性教育の甲斐あってか「人と違う事」が美徳にもなりつつある昨今ですが。

・伊豆の踊り子焼き
淡く柔らかい白化粧を施し焼き上げたその肌は、使うほどに詫びた風情を醸し出してゆく。
伊豆の踊り子焼き

産まれてこのかたマスメディアより与えられる情報の質が、
資本主義社会・広告産業の副産物である「メディア娯楽」が「刺激的」でしたよね。

そして、流行に乗らないと話題についてゆけない。仲間はずれにされる。
そして何よりも流行にのっかってたほうが「楽」なんですね。
もしくはそんな事すら疑問に思わない。

今でも大差ないとは思いますが、20世紀後半はそんな空気が今以上に蔓延してたように思います。

そんな資本主義社会の刺激の渦中にあっては感覚も鈍くなり
「伊豆の踊り子」を読もうが「ライ麦畑でつかまえて」を読もうが
響いてるものに気がつくわけが無い。と言うのが私の自己分析です。

しかし、「伊豆の踊り子」が理解できない。
と言うことでもないという事実に気がつくきっかけがありました。
キーワードは、メディア産業の花形・「映画」でした。

映画のジャンルの一つに「ロードムービー」というものがあります。
簡単に言うと「旅をして成長する」物語です。

いくつか題名を挙げてみますと

「イージー・ライダー」
「幸福の黄色いハンカチ」
「パリ、テキサス」
「スタンド・バイ・ミー」
「トゥルー・ロマンス 」
「リトル・ミス・サンシャイン」

幸いにも伊豆の踊り子は人気もあり
往年の大スター「美空ひばり」「吉永小百合」「山口百恵」などが出演で6回も映画化されてます。
このうちの「吉永小百合」板は少なくとも「ロードムービー」的に仕上がってる印象を受けました。

・「踊り子が書生さんに手を振る風呂」はここかな~などと想像しながら湯につかるのです。
伊豆の踊り子焼き

これは、映画制作時にロードムービー全盛期と言うことよりも、映画監督が意図したと言うよりも、
「伊豆の踊り子」原作の持つエッセンスその物が「ロードムービー」なのだな。との解釈です。

映画馬鹿的解釈をするならば
川端康成文学=ヴィムベンダース的な彫刻的、哲学的な映画表現

「ああ、なるほど」と

ともするとヴィムベンダースの映画は静かで退屈とも言われるのですが。
しんと心を落ち着けないと聞き分ける事の出来ない微細な響き、妙な魅力を持っており。
見れば見るほどスルメ的に味わいが増すのです。

ヴィムベンダース代表作
・ベルリン・天使の詩
・パリ、テキサス

これは情報過多社会では異例の事であり、
その特異性がヴィムベンダースの持つ映画表現の硬質性を支えていると考えます。

そして恐らくは川端康成が伊豆の踊り子執筆当時は、
「伊豆の踊り子」は当時の日本人には刺激的な読み物であったのではないか。
(いや、当時としてもすでに回顧的で
古き良き物を尊ぶ心持で描かれた作品だよと言われても納得は出来ます。)

刺激を抑えたヴィムベンダースの硬質的な映画手法と
当時としては刺激的だった川端康成の「伊豆の踊り子」が

メディア社会の生んだ娯楽、「ムービー」と
近代文明が大切にはぐくんだ教養「文学」が、私の中でクロスオーバーを起こしたのです。
「旅をして成長する」物語は形態はどうあれ人の心をとらえる物なのだなと。

そうして改めて読み進めてみると。
今まで理解できなかった「伊豆の踊り子」が急速に理解でき、共感が体に浸透して行きました。

伊豆の踊り子焼きの作品性も育てるところにあります。
手にいれた時点でも優しい風合いの白い焼き物ですが、
使うほどに詫びた風情を醸し出してゆく「育てる焼き物」なのです。

使えば使うほ淡く柔らかく詫び行く白化粧肌の焼き物は、旅をして成長する
川端文学の至高のヒロイン「伊豆の踊り子」を想起するに相応しい焼き上がりだと自負してます。

文章※武山よしてつ

・伊豆の踊り子イメージ・この写真を元に踊り子焼きのイメージを具体的に求めることが出来ました。
伊豆の踊り子イメージ

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