伊豆高原アートフェスティバル「自己表現」を超えて

・ダンボールを丸めて芯材を作ります。

伊豆高原アートフェスティバル

2010年4月28日(水)

ゴールデンウィークに向けたお香体験小屋が完成しましたが
引き続きゴールデンウィークにこの伊豆高原で行われるアートイベント
伊豆高原アートフェスティバル向けの作品製作に入りました。

ほけきょ庵の運営が私の責務であり、
ここ数年は自己の製作物に当てる時間や資金がありませんでした。

経営と言うのは、朝起きて夜寝るまでの全ての時間を当ててもなお足りない物で、
ここ数年は、ひ~こら言いながらただひたすら馬車馬のように働くのみでした。

その甲斐あってか、ここの所少し余裕も出て来てるので
この伊豆高原アートフェスティバルを一つの機会と捉え、
ほけきょ庵の認知とスタッフの製作物の発表の場にできればなと考え
今年から参加することにしました。

私自身も自身の中に温めてたアイデアを具現化出来るチャンスですので大張り切りです。


使用する素材は、
ダンボールや新聞紙、小屋作りで出た廃材やあまった漆喰などの建材。
つまり「ガラクタ」です。

アートなんてのは
見る人によっては「ガラクタ」同然だと私は考えてます。

究極的なことを言えば、

絵画は「紙の上に絵の具を塗ったくった物」であり
彫刻は「木材をノミで削った物」です。

貴金属など希少価値の高い物を素材に作ったとて
時を経れば世にありふれた素材ともなりますし。

科学の粋を極めた技術を駆使しても
やはり文明単位のスパンで物事をはかると時間と共に価値が減少します。

モチロンそういった点も踏まえ評価評論されるものではあるのですが
それは評価する側の都合でもあります。

そういった単なる「物」に、文化的背景や文明を異にする者すらも
感応させてしまうほどの、技術を可能とする精神性が宿らなければ、
結局のところやはりそれはガラクタ同然なのです。

特に現代に至っては美術大学でアーティストが量産され
高い技術力と知識教養を誇るアート作品を量産するのだから大変です。

僕の「自己表現」、私の「自己表現」で世の中は溢れ帰り
感嘆するような物から自己満足なものまで次から次へと「自己表現」が生産され、
消費され、破棄され、世の中はアートで飽和状態です。

今時は作る事のみならず売り方やセルフプロデュースまで学んでますし
オリジナリティのみを追求した得体の知れ無いパフォーマンスまがいの物があるかと思いきや
情報過多を逆手に取った似非オリジナリティ作品がまかり通る時代です。


てなわけで、自己を表現する事などに手は染めないで
普遍的だけどありふれたテーマに手を出してみる事にします。

題材は「仏陀の世界観」これの視覚化を試みます。

アートフェスティバル期間中に製作し
ほけきょ庵に興味のある人、アートに興味のある人、伊豆高原に観光に来た人。

これらの人に製作現場を見てもらおうとの趣向です。

文章※武山よしてつ


・ノッポさんになったつもりで、「でっきるっかな~はてさてほほ~」
伊豆高原アートフェスティバル